5月にオランダへ行ってきました。
オランダ一国だけ、美術館巡りがメインのゆったりしたツアーというのに魅かれて参加しました。
レンブラント生家跡(ライデン)、フェルメール生家跡(デルフト)、マウリツハイス美術館(ハーグ)、クレーラー・ミュラー美術館、レンブラントの家、国立ミュージアム、ゴッホ美術館(アムステルダム)。一つの美術館で2時間、ゴッホ美術館とクレーラー・ミュラー美術館ではそれぞれ3時間滞留というぜいたくさでした。
今年はレンブラント生誕400年ということで、オランダでは国をあげてのお祝いムード、催し目当ての観光客も多かったようです。レンブラントもフェルメールもすばらしく、行ってよかったと感じましたが、何よりもゴッホにどっぷりと浸ることが出来たのが最高の喜びでした。
アムステルダムのゴッホ美術館と、少し不便な場所ですがホーヘ・フェルウェ国立公園内にあるクレーラー・ミュラー美術館は、それぞれ質量ともに世界最高のゴッホコレクションといわれ、それを見るのが永年の夢でした。
部屋中すべてゴッホ、隣の部屋もみなゴッホという中、部屋中央のベンチに腰掛けて時間のたつのも忘れていました。ゴッホ美術館はさすがに人も多く、観客の列も絶えず、人の肩越しに画を見ている時もありましたが、クレーラー・ミュラーでは邪魔する人も少なく、静かに時間が流れて行きました。
そこで「一枚の絵」に出会ったのです。(ゴッホ美術館)
暗い空の下で草が揺れています。丈の高い草がはげしく揺れ、足元の丈の低い草が揺れ、空の雲が激しく揺れ、丈の高い草の揺れと低い草の揺れが微妙に違い、その上の雲の動きも微妙に違い、三者三様の揺れが描かれている・・・。
ただそれだけの作品です。ゴッホの代表作というわけでもなく、画集にも取り上げられないような作品です。それが不思議なことに、私の心になにかを訴えてくるようで、目が離せなくなりました。
昨年、「韓流ブーム」に乗って、一年間に韓国映画を30本も見てしまいました。その一本、『甘い人生』(イ・ビョンホン主演のアクション映画)の冒頭に、一見、物語の本筋とは無関係に見える画面があります。
川の流れをバックにはげしく揺れる柳の枝、そこにナレーションが入ります。
若い修行僧が老師に尋ねます。
「師よ。あれは木が動いているのですか。
それとも風が動いているのでしょうか」
老師は答えます。
「木が動いているのでも、風が動いているのでもない。
動いているのは、それを見ているおまえの心じゃ」
ゴッホを見ていて、突然このエピソードを思い出しました。
これは、風に揺れる草の画ではないのです。揺れているのは、それを見ている作者(ゴッホ)の心なのです。風景を前に、ゴッホは自分の心の中をのぞきながら、それを描いているのです。
ゴッホは終生、自分の心の動き、内面の揺れを描いた作家でした。
オランダ時代の初期の作品『ジャガイモを食べる人々』は、画面全体が真っ黒で暗い印象を与える作品です。この暗さは、描かれた家族の貧しさのせいだと私は永年思っていました。
そうではなかったのです。そこには青年ゴッホの内面の暗さ、若くて自分の人生の目標を決めかねている時期、その心の鬱屈が描かれていたのでした。
パリに出て画家をこころざす多くの友人たちとの交流で心がほぐれ、明るい画が描けるようになり、南仏のアルルへ行って弾けたように心が開放されて、黄色中心の燃えるような画が生まれる。
これがすべて同じ人物の作品かと驚かされます。しかしこれは、作風の変化ではなく、彼の心のありようが変わることから生じた変化だったようです。
そして破局。病院へ入ってからの画は寒色が主になり、ゆがんだ糸杉、波打つような麦畑・・・これらはすべて画家の内面の動き、心の揺れでしょう。
モネは自分の見たとおりに描く。「モネは一つの目にすぎない。だが、なんと素晴らしい目か!」(セザンヌ)といわれた「目」で、同じ景色、同じ対象が時間によってまったくちがうように見えることを、私たちに教えてくれます。
それに比べてゴッホは、さまざまな対象を前にしながら、いつも自分の心の中をのぞいていたようです。何枚ものヒマワリの画は、日により時間によってこう見えるということなど語っていません。描いたその日その日、その時その時の、自分の心のあり方の違いが、何枚ものヒマワリの画になっているのです。
二日間にわたり、二つの美術館を巡って見た何十点もの作品は、すべてその時その時のゴッホの心の揺れを写したものでした。時代順に配列された作品は、まさしくゴッホの心の歴史を物語っていました。多くの作品を見ながら、私は、うねるようにダイナミックに動く、ゴッホの内面の葛藤の流れを感じていました。彼の心の揺れを自分の心の揺れとして共感できた瞬間でした。
その時の感激は、昔の人が「手の舞ひ、足の踏むところを知らず」と表現した、有頂天の気分に通ずるものがあったようです。部屋中が、美術館全体が揺れていました。ベンチに腰を据えたまま、私は恍惚の渦の中にいたのです。
すばらしい経験でした。こういう感動に会うために、面倒だと思いながら重い腰をあげて、時々は旅に出なければならないでしょう。ほとんど予習もしないで出かけた旅なので、覚えたオランダ語は20ばかり、しかし、オランダはもう一度行ってみたい国になったようです。
ゴッホに関わる画像の出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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