大阪府立大手前高校昭和50年卒同窓会     学年新聞vol_28  
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vol_28_02   もの書く人生  3-3 仲野 徹 


大学教授というのは、ものを書くというのが仕事のかなりをしめている。もちろん最重要なのは論文である。しかし、これは数としてはしれている。アクティビティーが低いと思われるかもしれないが、せいぜい年に数編である。ただ、論文を書くには、ああでもないこうでもないという試行錯誤的な考察が必要であるし、自然科学系では当然のように英文で発表する必要があるので、けっこう時間がかかる。と、言い訳しておきたい。

次に大事なのは、研究費の申請書である。大学で研究をするというのは、資本金ゼロの小企業を運営するようなものであって、いかにして研究費をせしめるか、ということにすべてがかかっている、であるから、ある意味では、論文以上に申請書が重要といえるかもしれない。「いい研究→研究費取得→つぎの研究」というのが研究室運営のサイクルなのである。

あたりまえであるけれど、論文と申請書というのは、相当に違うのである。論文というのは、新しく見つけたこと、とはいえ、すでにわかっていることを書くのであるから、がちがちのノンフィクションである。それに対して、申請書というのは、こういうことをやったら、かくかくしかじかということがわかって、こんな意義があるんちゃうかなぁ、という提案であって、なかばフィクションなのである。

が、世の中、単なるフィクションで研究費をもらえるほど甘くない。だとしたら文字通りの『サイエンス・フィクション』である。申請書は、フィクションとノンフィクションの中間ぐらいというのが重要なのだ。審査する人に、え、そんなん不可能やろ、と思われたら、研究費はもらえない。この研究は、着想がユニークである。そして、実際には難しい可能性があるけど、できたらむちゃくちゃおもろいし、ひょっとしたらできるかもしれんなぁ、くらいがあらまほしいのである。

うちの研究室では、ほぼコンスタントに、年間5千万前後の研究費を獲得している。いわば単なる作文でこれだけのお金をもらっているのである。ちょろいといえばちょろい。それだけに、申請書の作成には気合いもはいろうというものである。

国立大学、いまは国立大学法人であるが、も、しょせんは役所である。それだけに、運営などに関する書類の量は半端ではない。だれも読みそうもない膨大な書類の作成を求められることもけっこうある。書類作成量は、10年ほど前の独立法人化以来、拍車がかかったようで、ほんとにあほらしいことである。

ここまでが仕事に関係する書き物のお話。このところ、それ以外に、まったく本業とは関係のない書き物をよくするようになってきた。もともと、ものを書くのは好きである。高校時代の文通からはじまり、手紙を書くのが好きだった。若い間は研究が忙しくて、ほかのものを書く暇もなかったけれど、5〜6年前から、『細胞工学』という専門誌に 『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』 という隔月連載を20回にわたっておこなった。

こういうのを書きはじめると、「仲野はもう研究をあきらめたらしい」とか「研究もせずにこんなものを書いているのはどういうつもりか」という雑音が聞こえてくる。別にそれくらいの文章を書いたところで仕事に支障がでるはずもないのに、しょうもないことを言う輩はどこにもいるのである。

さいわいにも連載は好評であり、それをまとめて、単行本にしてもらうことになった。最初は定価2600円が提示された。アホなことを言ってはいけません。こんな本がそんな値段で売れるわけがありません。私が断言します。ということで、懇意にしていただいている内田樹さんに帯を書いていただけたら売り上げもあがるでしょうから、と提案して、結局は1900円に。その帯、見ていただいたらわかるけれど、著者の名前はおろか、タイトルよりもでかでかと「内田樹」と書いてあって、3人くらいは内田さんの本と間違えて買ったかも・・・

内田樹(^m^)

我が国では、ノンフィクションというのはあまり売れないらしい。それではいかん、なんとかしよう、ということで、マイクロソフトジャパン元社長の成毛眞さんがつくられたノンフィクションをレビューする HONZ というサイトがある。おもしろいノンフィクションを誉めてひろく紹介する、という目論見である。

拙著、その成毛さんの目にとまり、研究室へインタビューにまで来ていただいた。ベンチャーで鍛えられた成毛さんは、それまで会ったことのないタイプの人で、驚きながらもおおいに盛り上がった。そして、そのHONZにメンバーとして参加することになり、ちょこちょととレビューを書いたりするようになったのである。

内田さんつながりの知り合いである、『ミーツ』伝説の編集長としてぶいぶい言わせた江弘毅さんからも、なんの脈絡もない原稿を頼まれたりする。断ればいいのであるが、基本的には、『絶賛頼まれたらなんでも受け入れるサービス期間』中であり、ほいほいとひきうけている次第。そんなこんなで、仕事以外の書き物が増加しつづけている。

ものを書くというのは面白いもので、書けば書くほど速くなっていく。文章がうまくなっているのかどうかはよくわからない。けれども、気に入った書き方、というのがおのずとできあがってきたのは間違いない。もちろん、世間の「仲野は仕事をしてない疑惑」は増大する一途なのである。

しかし、そんな中、昨年、幸運にも、あの Nature誌に論文を発表できたし、その上、日本医師会医学賞などという賞までいただいた。この二つの慶事に際し、多くの人から、「おめでとう」というお祝いの言葉以上に「ほんまは仕事してたんですね」とか「いつ仕事をしてるんですか」という暖かい(?)お言葉をいただいた。ありがたいことに、起死回生の名誉回復になったのである。

これからも、いろいろなものを書き続けていこうと思う。今は、専門である『エピジェネティクス』についての一般向けの本を執筆中でもあり、できれば今年中には上梓したいと思っていますので、その節はよろしくご購入のほどを。もし拙文に興味をもっていただけましたならば、 HONZのわたしのページ とか、月に一回のブログ 『なかのとおるのつぶやき』 とかをご覧いただけたら幸いに存じまする。twitter(@handainakano)で、更新の通知などもしとりますので、そちらもよろしくお願い申し上げまする。


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