大阪府立大手前高校昭和50年卒同窓会     学年新聞vol_25  
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vol_25_01   こんな評論なら良かった   小林一則 


―― 森先生の「若く明るい歌声に」を読んで

若く明るい歌声に  井上靖の小説「あした来る人」に、長崎の大村から「30時間近く乗り物に乗りづめ」で上京する場面がある。森先生は評論「若く明るい歌声に」の中で、乗り物は佐世保・大村線経由の列車「雲仙」で所要27時間53分と解いた。情景が浮かんでくる。石川達三の小説「悪の愉しさ」では、千円札ばかりで十数万円の札束を内ポケットに入れた男を主人公が殺す。先生は、1万円札発行は小説が世に出た5年後の昭和33年だと明かす。不自然な札束ではないのだ。

 先生の評論は副題に「新聞小説と<戦後>」とある。登場する小説は、今挙げた2編を含め、昭和20年代に連載の8編。先生ご自身も言われる通り、文学評論でも、新聞業界論でもない、当時の世相史だ。映画の話もバンバン出てきて、TSUTAYAに走りたくなるほどだ。公職追放というのも、これまで読んだり聞いたりしているが、その中味がこの本でよくわかった。「貯金なんて10円もありませんのよ」という小説の一文にあたると、違和感を持つが、1円のアルミ硬貨が出るのは昭和30年。なら、この時代、逆に「1円もない」と言うのはおかしい。 小説のそこここを拾いながら、注釈を加えて当時の社会の様子がうかがい知れるようになっている。しかし、読むは易し、書くは難し。思い通り、狙い通りに資料や文献がヒットするものではない。 今回の8編の中ではないが、吉村昭は小説「桜田門外ノ変」を執筆するにあたり、井伊直弼が暗殺された日、雪がいつ止んだのか、文献はもちろん三鷹の天文台に問い合わせるなどしてかなり調べたという。暗殺の時は大雪でその後、止んだとのことだが、いつ止んだというのは話の流れに大きなウエイトを占めるものでもない。それでも吉村昭はディテールにこだわった。そして「雪は八ツすぎにはやんだ」と書いた。たったこれだけだ。森先生にも同じご苦労があったと推察する。

 評論というと、とかく硬いイメージだ。そうだ。高校のころも現国や模試で、小林秀雄だとか山本健吉だとか、無理に難解にしてるとしか思えないような評論があった。難解というのは、読む側がというより書く方のオツムの問題だと思うのだが・・・。その点、森先生の本はわかりやすい。さらっと軽妙な筆致でもあり、くどくどの説明調でないのがいい。石坂洋次郎の「青い山脈」に関連したくだりで、「『広辞苑』第4版の解説は誤りである」と断じたのもスカッとした。火野葦平の「花と龍」の章で、先生は自らをこう書いている。「江利チエミの『テネシーワルツ』が流行していた4月、私は高校生になった」。かっこいい。僕もこんな風に言ってみたいもんだ。


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