【某年某月某日】
謎の写真である。
撮った覚えがないのだ。が、カメラのカードに収まっていた。
この表情。なんとも不敵、としか言えぬ。
このようなカオを見たことがない。と、思うのだが。
まさかオマエ、自分でシャッターを押したのではあるまいな、
と問うても答える筈もなし。
首傾げつつここに紹介するのみである。
しかしこんな不敵な「笑み」を浮かべるヤツが、
その後あんな災難に遭おうとは。
【某年某月某日 寝惚堂大事件の巻】
その日は雨であった。
しかも台風のごとき風も吹いていた。
雨が降ろうが雪が降ろうがもしかして槍が降ろうが、
必ずや散歩には行かねばならない。
台風でも、である。
なぜかと言うに、この犬の「トイレ事情」のためである。
和犬の血がそうさせるのか、この犬は家の中で排泄行為をしない。
そのくせ、カサを恐がる。風も雨もこやつのビビリの対象である。
だったら家の中で排泄してくれれば良さそうなものだが、犬に理は通じない。
かくて小生は雨風の中、カサをさし犬を連れて公園に向かった。
事件はここで起きた。
詳しくは言わぬが、我が愛犬はリードの先に広がったままのカサを
引き摺りながら逃走する羽目になったのだった。
図解<犬とカサ>
当然のことながら、我が愛犬はパニックに陥った。
逃げても逃げても「コワイもの」が追いかけてくる。
自分が止まればカサも止まるのだが、
そういうふうにはきゃつらの頭は出来ていない。
犬は飛ぶように走った、逃げた。
公園の繁みもその勢いを止めることはできなかった。
さらに2mの高さの石垣を飛び降り、車の往来する道を2本横断し
我家の勝手口へ駆け戻ったのである。
…広がったカサを引き摺りながら。
<犬が飛び降りた石垣。>
思うだに笑える光景だが、
その時の小生は犬以上にパニックした。
心臓は口から飛び出していたに違いない。
追うこともできぬ。
こやつは、足だけは速いのである。
あっという間に遠ざかる我が犬の姿を小生は呆然と見送った。
飼い主など頼りにならぬと、犬は全身で表現していた。
その時居合わせたご婦人方が後日小生に言ったものである。
「クマが繁みにいるのかと思ったわ」
「ものすごい勢いでカサが走っていくなぁと思ったら
お宅のワンちゃんだったのね」
「道路を駆けていくのは見えたけどワンちゃんだとは思わなかったのよ」
はいはい、うちの犬です。
その後もやはり、雨だろうが風だろうが散歩に行く。
ただし、カサは持てなくなった。
犬にトラウマがあるか否かは知らぬが、小生がカサを持つと断固として動かぬ。
それ以前に、妻がカサを持たせてくれない。
「事件」の日もえらく怒られた。
一応、無事に戻ったのだからいいではないかと思うのだが。
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